毎年恒例、春の畑仕事

ジャガイモの種イモの植え付けです。毎年3、4歳児が行います。

保育者が作った溝に間隔をあけて、ひとり二つずつ種イモを置きます。

その後は、牛糞たい肥と有機合肥料をイモとイモの間においていきます。

順番に作業をします。

保育者の説明を聞いたり、友達のするのを見たりして自分でやります

最後に土で覆います。

ジャガイモの植え付け後には水やりはしません。

いつ発芽するでしょうか。春休みが終わって、新学期に登園したときに子どもたちが発芽したのを見つけて喜ぶといいなあと思います。

 

5歳児の畑仕事

気が付くと、5歳児6人が自分が野菜を育てた場所をきれいにしていました。5歳児は秋から冬、ニンジン、カブ、ダイコン、自分の育てたい野菜を自分で育てることに挑戦しました。

種まき、水やり、草取り、間引きを自分でやって、どの子どもも収穫する時には満足げでした。家庭に持ち帰り家族と一緒に食べたり、園のみんなでみそ汁にして食べたりすることができました。

暖かくなってきて、草が生え伸びてきたものを抜き、すっかりきれいに。作業の様子を見ていると慣れたものです。抜いたら土を落とし、かごに集めます。友達とおしゃべりしながらどんどん草を抜いてきれいにしてくれました。

幼児の栽培活動は、種まきと水やり、収穫が中心になる場合が多く、草取り、後片付けまでするのは珍しいのではないかと思います。

どんぐりころころでは、日常的に子どもも一緒に作業をしているので、当たり前のこととして、5歳児は自分たちが使った畑をきれいにしたのでしょう。毎日の遊びの後の片付けと同じことでしょうか。

5歳児がきれいにしてくれた場所は、4歳児が花の種をまき、新学期が始まったらトウモロコシの種をまきたいと話しています。

また雪におおよろこび

公園に行ってみると、真っ白でわっと駆け出した子どもたち。

そして、早速雪玉を作り始める子どももいれば、あまり雪に触らずに遊んでいる子どももいました。

一人で雪だるまや椅子を完成させたり、どうにか友達と一緒に雪だるまを作り上げたり。友達と二人でおしゃべりしながら雪玉を転がし続ける姿も。

特に手が冷たいのですが、長いこと遊んでいましたね。雪をきっかけに、自分でやりたいことに一所懸命になったり、友達とのかかわりになったりしました。

 

 

 

 

 

文理台公園のカエルと卵

園周辺ではカエルが卵を産み始めました。

文理台公園のあやめ池はどうでしょうか。

よく見ると、カエルの卵がありました。

ちゅるちゅる、ぷにぷに、何と表現しましょうか。

黒い所がオタマジャクシなのだと話す4歳児。

素手ですくってみたり木の枝を使ったりして、子どもはカエルの卵と関わろうとします。とても長いカエルの卵、切ってしまわないように気を付けて触れるようにしました。

貯水池には、卵を少しとカエルを2匹見つけました。

2匹の色と大きさが違っており、メスとオスだろうと考える子どもたち。大きい方がオスだと言う3歳児、メスだと思う5歳児。

棲み処と思われる場所に向かうカエルを見守る子どもたちでした。

 

 

 

雨でも外遊び

寒い雨の日、雨合羽を着たままよく遊ぶ子どもたちでした。とにかく動いていないと寒いのです。

2、3歳児はジャンケン汽車で、ジャンケンをしたり二人でくっついたまま動いたりして楽しそう。

ジャンケンや、友達と動きを合わせることができるようになったんだなあと思います。

4、5歳児は氷鬼の後、「逃走中」(ドロケイと同じです)。

鬼は何人がいいか、誰と鬼をしたいか等、自分の考えを言い合って決めていく姿が見られました。

遊んでいる最中には、鬼同士で作戦を立てたり仲間に助けを求めたりと子ども同士でのコミュニケーションが多くなっています。

雨がほとんど降っていないのを確認するとさっさと合羽を脱ぎ、そのうちたくさん走って暑いと言い、上着も脱いで遊ぶ子どもたちでした。

2歳児から5歳児まで、それぞれいろいろな意味でたくましくなったなあと感じます。

 

子どもたちが見つけた春

園の畑や庭で、子どもたちが見つけたものに春を感じることができます。

フキノトウを見つけて、いくつあるかを数えたり「天ぷらにしてもらおうかな。」とつぶやいたり。

シナガワカブはつぼみが見えてきました。雑草が目立ってきているのを抜く子どもがいたり、フワフワしたものに気が付いて触ってみたり。

アイを育てていた場所には発芽がたくさん見られます。

子どもたちの変化に気づく感受性には感心します。

公園で遊んでいる最中にも、見つけましたね。

暖かいので、小さな生き物たちが動き出したのですね。

 

全身で感じること

雪の上に寝る。

冷たくてたまらないのに遊び続ける。

途中水を飲んだり歩いたりしながら走り続ける。

こま回しの最中に床に耳をあてる。

この頃の子どもたちの姿を見ていて、子どもって全身で感じたがっているのだなあと思いました。

体を通して感じることが様々あるのだろうと思います。

頭で、言葉で分かることよりも、感覚として子ども自身の中に残るものがあることが、感覚で残すことが大事なのだろうと思います。